2017/04/25

呉・広島ツーリング【その9】

こんちは、うぞうむぞうです。
見学ツアーの模様はちょっと措いといて呉の夜篇です、あぁもちろん浮いた話はございません。

ホテルにチェックインして荷物を解き、唯一持ってきた普段着のジーパンとポロシャツに着替えた瞬間の軽さと言ったらありませんでしたよ、バイクウェアが安物なので重いんです。
ホテルのフロントで「せっかく広島に来たんだから広島焼きが食べたい、どこかないか?」と聞いたら駅前に有るというので歩いて行くと確かにありましたよ居酒屋が…。
外のメニューボードを見てUターンしました、広島焼き(ノーマル)1500円とあったのです。
バカ野郎、小麦粉をケチった鉄板クレープ焼きそば挟みになんで1500円も払わなあかんねん、家でなら原価200円で作ったるがな(異論は認めない、大阪お好み最高)と居酒屋に背を向けちょっと歩いたら大衆食堂がありました。
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全くどこの街にもある一膳めし屋が今宵の夕食場所です、アルバイトの兄ちゃんの焼いた訳の分からん物を喰うくらいならジジババでやってるめし屋で充分です。
夕食
アタリでした、おかず3品とビール大瓶2本で1600円です。
めし屋おかずは美味しかったのですが、写真に写っているようにこの日の阪神タイガースは先発青柳が痛打されてボロ負けでした、オバハンは客なんかそっちのけで9回試合終了まではしゃいでいました。

まぁそれほどのトラキチでもないので、程よく酔っ払えて俄か雨のあがった夕方の街をホテルに向かいます。
夜食
せっかくの山の神さまの目の届かない夜にビール二本じゃ寂しいのでコンビニで追加購入です、コロッケとカップ麺にお菓子です。
クリアファイル1枚に数百円払っても、こういったものにお金を掛けないのがポリシーなのです、寂しいやつですなw
2017/04/24

呉・広島ツーリング【その8】

こんちは、うぞうむぞうです。
呉市内に入り、大和ミュージアムへの案内表示を見たときは「ようやく着いた」とまだ見ぬ展示物に思いを馳せていたのですが結論から言えばガッカリでした、ガッカリの割には写真を撮りまくっていましたがw
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ミュージアムの屋外にはこんな施設がありました、戦艦大和の前甲板を1/1で表現した公園だそうです、左舷半分だけですがね。
写真には写っていない後方の池ではラジコンの艦船模型を浮かべているオッサンたちがいました、平和な世の中でよかったねw
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ミュージアムのテラスからはこんな写真を撮る場所がありました、翌日お伺いした海上自衛隊呉資料館、通称「てつのくじら館」です。
前方の魚雷発射管のカバーや船体の一部、特にスクリューの辺りは防諜のため敢えて形状を変えてあるそうですが実物の潜水艦で、ゆうしお型潜水艦の7番艦「あきしお」だと解説にありました。

このテラスの下にミュージアム来館のバイク・自転車のための駐輪場があったのに気付かなかったため北側にある立体駐車場にぶっさんを停めたのですが、見学を終えてぶっさんの許へ帰ってきたら駐車場のガードマン氏が立っていて「どうやって入った」と宣います。
「どうやってもこうやってもゲートの前で発券ボタンを押したらゲートが開いたから入ったんですが何か?」と答えると出口ではセンサーが反応しないのでバイクは出られないから警報が鳴るのだそうでずっとそこで俺ぃらの帰りを待っていたそうですご苦労様です。
このガードマン氏とは再会します、翌日てつのくじら館訪問時に大和ミュージアムの駐輪場に停めようとしたら「そこ停めたらあかん」と飛び出てきたオッサンがいます、なんと前夜のガードマン氏でした。
区分があるそうで大型バイクはそっちと誘導されたのでした。

さて、話の時系列が前後するのですが、ミュージアムの見学を終えたら14時を過ぎていました。
夕食は広島焼きと決めていたので美味しくビールと共に戴くためにはこの辺りで昼ご飯を食べておかねばならぬと駐車場ビルの中のレストランに入りました。
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ウェイトレスさんが「じわじわ辛くなるけどだいじょうぶですかぁ」と聞くので上等じゃと注文したサブマリンカレーの辛さはココイチの普通辛さの半分くらいでしたよ。 
先客は幼児を二人連れた若夫婦だけだったのですが、注文のカレーが届いて「さぁ一口目」とスプーンをルーに漬けた瞬間、幼児の一人が「○ンチ行きたい~」ゴルァw

【その9】へ続きます
2017/04/23

呉・広島ツーリング【その7】

こんちは、うぞうむぞうです。
大和ミュージアム最後の記事です、鉄のくじら館の記事はまた後でね。
もみやげ
あちこちで買い集めたお土産です、下段の海軍カレーをはじめマグネットステッカーやオタフクソースが大和ミュージアムで買い求めたものですが、こちらには市販では最大クラスの戦艦大和のプラモデルがありました、アリイから出ている製品ですが完成寸法は1メートルを超えます。
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厨房の頃、欲しくってしょうがなかったモデルですが当時から価格は変わっていないようで1諭吉少々でした。

その他のお土産と言えばね…。
まとめ
萌えキャラとくまモンの「クリアファイルです。
使わずに死蔵するのが判っているのにこういうものを買ってしまいます、クソおたくなんですよ、エェ歳こいてw
2017/04/22

呉・広島ツーリング【その6】

こんちは、うぞうむぞうです。
大和ミュージアムのお話し続きます。
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こちらは宇宙戦艦ヤマトオープニング画像ですが、ガミラスの攻撃で干上がった海底に擱座している戦艦大和の残骸の下ではイスカンダルに向かうために人類の英知を懸けたバトルシップの建設が進んでいたという設定になっていて、第一作のオープニングではあたかもその残骸のカモフラージュを振りほどくかの如く宇宙へ向けて飛び立つのですが、沈んだ大和の海底調査はその希望をズタズタに砕くもので、船体はいくつもに千切れ飛び、主砲はでんぐり返り形が解るのは艦首の菊のご紋章とボイラーの水管くらいで残りは全くの鉄屑でした。

ミュージアムの半分はお子ちゃま向けの学習コーナーで特別展があるときのみそれに使われるようで伺ったときはクソガお子ちゃまの休憩所でした。
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その他の展示として戦後琵琶湖から引き揚げられたという零式戦闘機6×型(末尾番号忘れた)が復元展示されていました。
川崎の飛燕とは異なり、綺麗にお化粧していますが、操縦席から後方はほぼ張りぼてです、残念ですが…。
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星形複列14気筒の榮(さかえ)エンジンです、排気量は判りませんが大空を飛んだことがあるのかないのか…、今はオブジェです。
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巨大な(1/10)モデルの他の展示物は殆どがこういったスケールモデルでした、これは大戦後の原子力潜水艦開発の参考にもなったという巡潜型「伊-401」です、一部のマニアの方には「しおい」の方が判ってもらえるかもしれませんw

やたらあっさりしていて年表的解説もないし、物足りないなぁと思ったら開館コンセプトがそういうものなのだそうです。
これほどのものが作れたからこそ、のちの造船大国(今は劣勢ですが)となり、戦後復興が成ったのだと思います。

鉄のくじら館はこの翌日に行きました、その振り返りの前にお土産篇ですw
2017/04/21

呉・広島ツーリング【その5】

こんちは、うぞうむぞうです。
「もう飽きた」ですって?これから本番ですがなw
江田島見学の後は、今回のメインテーマである大和ミュージアムです。
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幸いにすいているほうだったようで50円やるからどけよといいたくなるようなオッサンも少なく存分に写真が撮れました、もちろんヘタッピな腕にしょぼい内蔵フラッシュでは限りがあります。
これほどのものをディスプレイとして作らせてもらえたビルダーの皆さんは今生の悦びでしょうね。
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よく出来てはいます、こだわりとして甲板を葺く木材をオリジナルの通りヒノキにすると木目の大きさからスケールが合わないのでタモの木を使ったと書いていました、施工責任者は大戦中からの船大工さんだそうです。
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その他もよく出来ているとはいえ航海中の写真は公試運転中のものと攻撃機からの写真しかありません、有名なところでは「一號艦」というキャプションのはいった建造中のものだけで、図面もほとんど残ってないのによくここまでのものが再現できたもんです。
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しかし、後方から舵やスクリューを狙って肉薄する雷撃機を射撃する機関砲座ですが防盾がありません、相手の飛行機もなにがしかの機関銃を撃ちながら接近してくるだろうにどうやって身を守ったんだろうと思います。

ここだけで写真数十枚…、大和ミュージアム篇つづきます。