2017/04/20

呉・広島ツーリング【その4】

こんちは、うぞうむぞうです。
第一術科学校の見学の間、校内を歩く学生さんや休日返上で訓練に勤しむ分隊の皆さんを見て40年昔の記憶がよみがえりました。
僅か数日の体験で何が解ると言われても困るのですがあの訓練を3年間続ける精神力と体力には恐れ入ります、ごついガタイの生徒さんは見ましたがデブは一人もいませんでしたよと我が腹を見て反省する俺ぃらでした。

今度は来た道を呉に向かって戻ります、フェリーなら20分の航路ですが島の外周を走るとぶっさんでもほぼ一時間の道程です。
行き道は時間の都合で後回しにしたアレイからすこじまに立ち寄りました。
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潜水艦が停泊していました、点検中なのか停泊しているのに潜望鏡を伸ばしています。
海上自衛隊の潜水艦って全部ディーゼル艦だからいざ戦闘になったら瞬殺されてしまうんじゃないかと思っていましたが、何日間も潜っていられるという原子力潜水艦にも原子炉を冷却するポンプという止められない騒音があると聞いてそれなりに良い点もあるのだと知りました、もちろんウィキさんに聞いた聞き齧りですがねw
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他にも大きな船がいました、艦番号によると敷設艦むろとというそうです、海底にケーブルなどを設営する役目を担うそうです。
潜水艦の向こうにもたくさんの艦艇の艦橋やマストが見えますが、距離が遠すぎて300ミリズームじゃ届きませんでした。

今回全くの行き当たりばったりの旅で普段なら翌日日曜日には港内の一部の護衛艦達の中を見学できるツアーがあるのですがたまたま、休業日でそれも叶わなかったのでした。
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このクレーンは現在ではモニュメントですが大戦中に潜水艦に魚雷を積み込んだクレーンだそうです。
モニュメントなのですが、どこぞの海岸に置かれたヨットとは違って綺麗に整備され、まるで今でも使えそうな雰囲気でした。
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時系列的には翌日のお話しになりますが、少し呉市内寄りの山手からの写真です。
外壁に書いてある通り、戦艦大和を建造した乾ドックだそうですが、隣の艤装中の貨物船が小さく見えます。
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見晴らし台には「この辺の設備は…」と記念の言葉が書いてありますが良くも悪くも明治のころから近代まで造船や製鋼で栄えた町なんだなと判ります。

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