2017/04/18

呉・広島ツーリング【その2】

こんちは、うぞうむぞうです。
呉・広島ツーその2です、ご心配なく、ネタが切れるまで延々続きますw、なんつーても写真データだけで何と540MBもあるんですよ、圧縮してもね。
IMG_2528.jpg
門を入ってしばらく歩くと大講堂があります。
瀬戸内の島々から採れた大理石でできています、1917年竣工だといいますから今年でちょうど100年目です。
IMG_2537.jpg
旭日旗と日の丸、日本列島に住みながらこれらを尊敬できないどころか貶めようとする愚かな人々が見たらニンニクをぶっ掛けられたドラキュラ宜しく卒倒するような組み合わせです、中央のレリーフは十六弁の菊のご紋章、その上では木彫のフクロウが睨みを利かせています。
IMG_2541.jpg
次の赤レンガの建物は幹部候補生学校庁舎、旧海軍兵学校生徒館です。
屋根を葺き替えた以外は今もなおバリバリの現役です。
IMG_2552.jpg
見学コースの最後は教育参考館、こちらも1936年の竣工だといいますから今年で約80年、内部は明治維新以降の大日本帝国海軍の名将たちの遺品、記念品に始まり見学ルートの最後は太平洋戦争の末期に国を守るために殉じた英霊たちの遺書が展示されています。
特攻とは外道の統率だといいます、戦術としての良否は論じるつもりはありません、しかしながら命令と言う強制に対しそうせざるを得なかった若者たちの行動まで否定することは出来ません。
IMG_2561.jpg
最後の写真は、甲標的と呼ばれた特殊潜航艇です。
帰還できない構造では許可できないといわれて申訳程度に改装したように聞きますが戦闘状態に入ってからどうやって母艦に回収して乗員を連れ帰るつもりだったんだと…。
特攻が外道も何も開戦時にこんなものを用意していた時点でほんとに勝てると思って掛かって行ったのかと当時の戦争指導者を問い詰めてやりたいものです。

コメント

非公開コメント